5.エピローグ
町に帰ると、友人たちがケニーの事務所のところで待っていた。婚約祝いにと駆けつけてくれたらしい。
「悪かったわね。もっと早く来ようと思ってたんだけど、忙しそうだったから、先延ばしにしてたの。今日で、仕事、一段落でしょ?張り紙見たわ。さあ、お祝いよ!」
「あの……、私、お茶しに寄っただけ………。」
「けちくさいこと言わないの!ほらほら!」
………………と、この調子で。キャシーたちは、一時間ほどパーティーに参加することになった。疲れてることは考慮してくれてたらしく、きっちり一時間で引き上げていったが、さんざんどんちゃん騒ぎをしたあげくの解散だった。
「あいつら、絶対大騒ぎしたかっただけだぜ。」
「いいじゃない、お祝いしてくれたんだし。」
「それもそうだな。取り敢えず、送ってくよ。」
「いいよ、明るいのに。」
「送らせて欲しいんだよ。」
「……じゃ、お願い。」
「おう。」
ケニーはキャシーと手をつないで、事務所を出た。和やかに話しながら道を進むと、二十分ほどで家に着く。
「近いからすぐだな。」
「うん。またね。」
「また。……………次会うときには、婚約指輪、渡すから。」
「……………ありがと!楽しみにしてる。」
「じゃあな。」
そうして、キスを交わし、手を振って別れた。
……………また、明日。
キャシーは心の中で呟き、家の戸を開けて、中に入っていった。
end
町に帰ると、友人たちがケニーの事務所のところで待っていた。婚約祝いにと駆けつけてくれたらしい。
「悪かったわね。もっと早く来ようと思ってたんだけど、忙しそうだったから、先延ばしにしてたの。今日で、仕事、一段落でしょ?張り紙見たわ。さあ、お祝いよ!」
「あの……、私、お茶しに寄っただけ………。」
「けちくさいこと言わないの!ほらほら!」
………………と、この調子で。キャシーたちは、一時間ほどパーティーに参加することになった。疲れてることは考慮してくれてたらしく、きっちり一時間で引き上げていったが、さんざんどんちゃん騒ぎをしたあげくの解散だった。
「あいつら、絶対大騒ぎしたかっただけだぜ。」
「いいじゃない、お祝いしてくれたんだし。」
「それもそうだな。取り敢えず、送ってくよ。」
「いいよ、明るいのに。」
「送らせて欲しいんだよ。」
「……じゃ、お願い。」
「おう。」
ケニーはキャシーと手をつないで、事務所を出た。和やかに話しながら道を進むと、二十分ほどで家に着く。
「近いからすぐだな。」
「うん。またね。」
「また。……………次会うときには、婚約指輪、渡すから。」
「……………ありがと!楽しみにしてる。」
「じゃあな。」
そうして、キスを交わし、手を振って別れた。
……………また、明日。
キャシーは心の中で呟き、家の戸を開けて、中に入っていった。
end
4.勝敗-後編
カルラが、時間だ、イル様のところに行け、とうるさいので、半ば呆然としながらイルのところへ向かった。零時なのは分かっていたが、捜すのをやめるつもりは毛頭なかった。それでも行く気になったのは、ただ、横で騒ぐので、集中できず、うっとうしかったからだ。
「イル様はこの森の主なのだぞ、長くお待たせしていい方ではない。」
ごちゃごちゃと説教している。キャシーはそのすべてを聞いていなかった。外から入ってくる音の何もかもが雑音としか思えず、ケニーのことしか考えられない。見つからないショックで頭の回転が鈍っていた。
「カルラ様、連れて参りました。」
「遅かったではないか。」
イルは、住処から出て、キャシーたちを待っていた。さして怒った風ではないが、不機嫌ではあった。
「申し訳ありません、妖精が、言うことを聞かず…。」
謝罪を遮って、
「良い。それで?人間の行方は?」
キャシーの肩がびくっと揺れた。
「ご覧の通りでございます。見つけられませんでした。」
「そうか。」
「はい。」
「妖精、期間は終わった。今のこの状況は、人間は死んだものと見て良いな?わしらの勝ち、と……………。」
イルが確かめてくる。
「…………………まだ、ケニーの遺体を、見た訳じゃない。」
希望を捨てきれないキャシーに、追い打ちをかけるように、
「しかし、それが見つからないではないか。昼から十二時間、食べもせず、寝もせず、ずっと捜していたのだろう?川を、海まで下り、この森も、捜せる限り。」
「だから、その、森の、捜してないところを……………。」
「無駄なことよ!」
イルは哄笑した。
「川でおぼれ、衰弱した身で、それほどの距離が歩けるものか!」
勝ち誇っているは断言する。
「でも…………!」
「あいつは死んだ。」
「そんなことない!!」
キャシーは叫んだ。
認めるもんか。ケニーは、絶対生きてるんだから。
拳を握りしめて、キャシーはそう思った。
「愚かな………。生きているわけがないだろう。あいつは、死んだのだ!」
「生きてるよ。」
イルとの言い合いの中、横から割って入った声。この声は………。
「け、にー?」
「心配かけてごめんな。キャシー。」
「…………………。」
頭の中が真っ白になった。無意識に首を振っていた。
「……………いいの………………。」
ケニーが、生きてる。……………良かった………。
「イル。」
ケニーがキャシーの手を握りながら、彼女のそばに立った。温かくて、ほっとして、涙が流れた。ケニーは手に力を込めて、
「イル、この通り、俺は生きてる。一週間、キャシーが俺を守りきり、俺が生き残れば、という約束だったな。ゲームは、俺たちの勝ちだ。人間を攻撃するという計画は、中止してくれるな?」
「ばかな………………。どうやってあの川を………………。」
「この森の終わるあたりに、浅いところがあるだろう、一カ所。運良くそこで気が付いてね。必死で岸までたどり着いて、ここへこの時刻に来れる、それでいてすぐに捕まらない辺りまで戻って、隠れて夜まで待っていた。」
ケニーは説明したが、イルはこれだけでは納得しなかった。
「妖精さえ見つけられなかったのだぞ?どこに隠れていたというのだ。」
ケニーはこともなげに、
「大したところじゃないさ。キャシーが尋ねた精霊たちが、好意で黙っててくれた、それだけのことだろ。」
「しかし………。」
「それより、どうなんだ。やめるのか、やめないのか。」
「…………約束だ、やめよう。お前は生き残った。」
「俺たちは、帰っていいんだな?」
「そうだ。しばらくこの森に止まっていても、攻撃したりはしない。……………もう、行け。」
ケニーは明るく声を出さずに笑った。
「ありがとう。帰ろう、キャシー。」
黙って頷くキャシーの手を引き、ケニーはテントを張っていた場所に戻った。
翌朝、ケニーたちは電車に乗って、リトルタウンへ帰った。キャシーが預かっていた荷物はそのままあったので、中のテントをもう一度張った。始めから、一晩過ごして朝を待って、それから、ということにしてあった。
寝る前にキャシーはケニーに尋ねてみた。
「どうやって隠れてたの?」
「崖崩れの時の狼だよ。」
「あの狼?」
「ああ、あいつが、川の浅瀬で待機して、引き上げてくれたらしい。気が付いたら、川岸に横たわってたんだ。俺の目が覚めると、あいつがそばで見てた。攻撃してくるかと身構えてたら、俺の袖を引っぱるんで、あいつの進む方についていったら、調度茂みの影になったところに、穴があった。今までは、そこに隠れてたんだ。精霊の方は…、本当に彼らの好意か、あいつが上手く言ってくれたんだろう。」
「そうだったの…………。」
「ごめんな………、こんな時間まで、ずっと捜させて。心配かけた。すまなかった。」
「ううん、生きててくれて、ありがとう。………………もう、あえないかと思った。」
ケニーはキャシーをそっと抱き寄せた。
温かい。
言葉も、体温も。いつだってこの温かさに救われていた。
「朝になったら帰ろうな。」
「うん。」
長いことそうして抱き合っていたが、お互い落ち着くと、二人はお休みを言って、寝袋にくるまって、朝まで眠った。久しぶりに、本当に穏やかな朝が迎えられそうだと幸せな気分に浸りながら。
「………………。」
「キャシー?」
ぽーっと回想していたキャシーは、肩を揺すられて、我に返った。
「あ、ごめん、何?」
「どうした?上の空だぞ、電車に乗ってからずっと。」
「うん、昨日のこと思い出してたの。」
「ああ…………。」
「ねえ。」
「何だ?」
「イルは、どうして、あんなゲームを言い出したのかしら。」
「さあな。」
キャシーはやや真剣な口調で聞いたが、ケニーは軽く受け流した。
「人間に我慢がならなくなったのなら、ゲームなんて言い出さずに、いきなり襲えば、抵抗できなかったのに。」
「本人が気まぐれだって言ってたじゃないか。」
わざとらしい、のほほんとした言い方だ。
「気まぐれの攻撃じゃなかったわ。」
「それは、戦いには違いないからだろ。」
「そういうことじゃない、本気だった。あのゲームを言い出したことこそが本気だった。人間を全滅させたかったんでしょ、どうして、チャンスなんか………。」
与えなかったらもっと話は簡単なのに。
「攻撃したくなかったんだろ。」
ポツリとケニーが言った。
「え?」
「攻撃しないための理由が欲しかったんじゃないかな。」
「攻撃しないための理由?」
独白をするように、ケニーは宙を見つめて、
「抑えられなかった感情を、抑えるものを求めてたんじゃないかと思う………。地球が生んだ同じ生命だからと我慢してた。だが、もう我慢の限界だ。始めの伝言で、あいつはそう言っていた。心の奥では、殺したくなんかなかったんだろう、イルは。」
「でも、皆殺しにするって………。」
「殺したいのも、殺したくないのも、本当だったから、ゲームなんて言い出したんだと思うよ。」
キャシーは黙った。
ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン………………………………………
一駅、二駅、と電車は通り過ぎていく。木々や町。たまに見える電車待ちの人々と、駅と駅の間に建ち並ぶ人家。今日も、変わらず平穏に、そこにある。
「…………イルは、人に大切な誰かを奪われたのかしら。」
「どうだろうな……………。」
沈黙。
ふいにキャシーは苦笑して、
「……………分からないわよね。」
「………………ああ…………………。」
……………次はリトルタウン、次は、リトルタウン。お降りの際には、荷物をお忘れにならないよう、ご注意ください。ご乗車、ありがとうございました。
降りる駅名が、アナウンスが車内に流れた。
「降りよう。」
「ええ、帰りましょう、私たちの町へ。」
キャシーたちは、気持ちを切り替え、笑顔で電車を降りた。
第5章〜エピローグ〜へ
カルラが、時間だ、イル様のところに行け、とうるさいので、半ば呆然としながらイルのところへ向かった。零時なのは分かっていたが、捜すのをやめるつもりは毛頭なかった。それでも行く気になったのは、ただ、横で騒ぐので、集中できず、うっとうしかったからだ。
「イル様はこの森の主なのだぞ、長くお待たせしていい方ではない。」
ごちゃごちゃと説教している。キャシーはそのすべてを聞いていなかった。外から入ってくる音の何もかもが雑音としか思えず、ケニーのことしか考えられない。見つからないショックで頭の回転が鈍っていた。
「カルラ様、連れて参りました。」
「遅かったではないか。」
イルは、住処から出て、キャシーたちを待っていた。さして怒った風ではないが、不機嫌ではあった。
「申し訳ありません、妖精が、言うことを聞かず…。」
謝罪を遮って、
「良い。それで?人間の行方は?」
キャシーの肩がびくっと揺れた。
「ご覧の通りでございます。見つけられませんでした。」
「そうか。」
「はい。」
「妖精、期間は終わった。今のこの状況は、人間は死んだものと見て良いな?わしらの勝ち、と……………。」
イルが確かめてくる。
「…………………まだ、ケニーの遺体を、見た訳じゃない。」
希望を捨てきれないキャシーに、追い打ちをかけるように、
「しかし、それが見つからないではないか。昼から十二時間、食べもせず、寝もせず、ずっと捜していたのだろう?川を、海まで下り、この森も、捜せる限り。」
「だから、その、森の、捜してないところを……………。」
「無駄なことよ!」
イルは哄笑した。
「川でおぼれ、衰弱した身で、それほどの距離が歩けるものか!」
勝ち誇っているは断言する。
「でも…………!」
「あいつは死んだ。」
「そんなことない!!」
キャシーは叫んだ。
認めるもんか。ケニーは、絶対生きてるんだから。
拳を握りしめて、キャシーはそう思った。
「愚かな………。生きているわけがないだろう。あいつは、死んだのだ!」
「生きてるよ。」
イルとの言い合いの中、横から割って入った声。この声は………。
「け、にー?」
「心配かけてごめんな。キャシー。」
「…………………。」
頭の中が真っ白になった。無意識に首を振っていた。
「……………いいの………………。」
ケニーが、生きてる。……………良かった………。
「イル。」
ケニーがキャシーの手を握りながら、彼女のそばに立った。温かくて、ほっとして、涙が流れた。ケニーは手に力を込めて、
「イル、この通り、俺は生きてる。一週間、キャシーが俺を守りきり、俺が生き残れば、という約束だったな。ゲームは、俺たちの勝ちだ。人間を攻撃するという計画は、中止してくれるな?」
「ばかな………………。どうやってあの川を………………。」
「この森の終わるあたりに、浅いところがあるだろう、一カ所。運良くそこで気が付いてね。必死で岸までたどり着いて、ここへこの時刻に来れる、それでいてすぐに捕まらない辺りまで戻って、隠れて夜まで待っていた。」
ケニーは説明したが、イルはこれだけでは納得しなかった。
「妖精さえ見つけられなかったのだぞ?どこに隠れていたというのだ。」
ケニーはこともなげに、
「大したところじゃないさ。キャシーが尋ねた精霊たちが、好意で黙っててくれた、それだけのことだろ。」
「しかし………。」
「それより、どうなんだ。やめるのか、やめないのか。」
「…………約束だ、やめよう。お前は生き残った。」
「俺たちは、帰っていいんだな?」
「そうだ。しばらくこの森に止まっていても、攻撃したりはしない。……………もう、行け。」
ケニーは明るく声を出さずに笑った。
「ありがとう。帰ろう、キャシー。」
黙って頷くキャシーの手を引き、ケニーはテントを張っていた場所に戻った。
翌朝、ケニーたちは電車に乗って、リトルタウンへ帰った。キャシーが預かっていた荷物はそのままあったので、中のテントをもう一度張った。始めから、一晩過ごして朝を待って、それから、ということにしてあった。
寝る前にキャシーはケニーに尋ねてみた。
「どうやって隠れてたの?」
「崖崩れの時の狼だよ。」
「あの狼?」
「ああ、あいつが、川の浅瀬で待機して、引き上げてくれたらしい。気が付いたら、川岸に横たわってたんだ。俺の目が覚めると、あいつがそばで見てた。攻撃してくるかと身構えてたら、俺の袖を引っぱるんで、あいつの進む方についていったら、調度茂みの影になったところに、穴があった。今までは、そこに隠れてたんだ。精霊の方は…、本当に彼らの好意か、あいつが上手く言ってくれたんだろう。」
「そうだったの…………。」
「ごめんな………、こんな時間まで、ずっと捜させて。心配かけた。すまなかった。」
「ううん、生きててくれて、ありがとう。………………もう、あえないかと思った。」
ケニーはキャシーをそっと抱き寄せた。
温かい。
言葉も、体温も。いつだってこの温かさに救われていた。
「朝になったら帰ろうな。」
「うん。」
長いことそうして抱き合っていたが、お互い落ち着くと、二人はお休みを言って、寝袋にくるまって、朝まで眠った。久しぶりに、本当に穏やかな朝が迎えられそうだと幸せな気分に浸りながら。
「………………。」
「キャシー?」
ぽーっと回想していたキャシーは、肩を揺すられて、我に返った。
「あ、ごめん、何?」
「どうした?上の空だぞ、電車に乗ってからずっと。」
「うん、昨日のこと思い出してたの。」
「ああ…………。」
「ねえ。」
「何だ?」
「イルは、どうして、あんなゲームを言い出したのかしら。」
「さあな。」
キャシーはやや真剣な口調で聞いたが、ケニーは軽く受け流した。
「人間に我慢がならなくなったのなら、ゲームなんて言い出さずに、いきなり襲えば、抵抗できなかったのに。」
「本人が気まぐれだって言ってたじゃないか。」
わざとらしい、のほほんとした言い方だ。
「気まぐれの攻撃じゃなかったわ。」
「それは、戦いには違いないからだろ。」
「そういうことじゃない、本気だった。あのゲームを言い出したことこそが本気だった。人間を全滅させたかったんでしょ、どうして、チャンスなんか………。」
与えなかったらもっと話は簡単なのに。
「攻撃したくなかったんだろ。」
ポツリとケニーが言った。
「え?」
「攻撃しないための理由が欲しかったんじゃないかな。」
「攻撃しないための理由?」
独白をするように、ケニーは宙を見つめて、
「抑えられなかった感情を、抑えるものを求めてたんじゃないかと思う………。地球が生んだ同じ生命だからと我慢してた。だが、もう我慢の限界だ。始めの伝言で、あいつはそう言っていた。心の奥では、殺したくなんかなかったんだろう、イルは。」
「でも、皆殺しにするって………。」
「殺したいのも、殺したくないのも、本当だったから、ゲームなんて言い出したんだと思うよ。」
キャシーは黙った。
ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン………………………………………
一駅、二駅、と電車は通り過ぎていく。木々や町。たまに見える電車待ちの人々と、駅と駅の間に建ち並ぶ人家。今日も、変わらず平穏に、そこにある。
「…………イルは、人に大切な誰かを奪われたのかしら。」
「どうだろうな……………。」
沈黙。
ふいにキャシーは苦笑して、
「……………分からないわよね。」
「………………ああ…………………。」
……………次はリトルタウン、次は、リトルタウン。お降りの際には、荷物をお忘れにならないよう、ご注意ください。ご乗車、ありがとうございました。
降りる駅名が、アナウンスが車内に流れた。
「降りよう。」
「ええ、帰りましょう、私たちの町へ。」
キャシーたちは、気持ちを切り替え、笑顔で電車を降りた。
第5章〜エピローグ〜へ
4.勝敗-前編
「う………………。」
日が中天にとどく頃、キャシーは意識を取り戻した。
何が……。確か、私はケニーと話してて…、熊が……。
「ケニーが!」
とっさにガバ、ッと身を起こすが、
「いッ…………………。」
腹部に走った鈍痛に、ずるずると上半身を倒す。急激に起き上がってはいけない。ゆっくり体を動かして、腹部の刺激を避けるのだ。片手を地面につく。片足を立て、片足を膝立ちにする。
「ケニー、を探さなきゃ……。」
よろよろしながらまずは、座位に持ち込み、それから、立ち上がる。片方立てた足を支え代わりに、少しばかりお腹に力を入れる。
「う……。」
小さく呻きが口から漏れたが、なんとか、立ち上がることには成功した。一応、辺りを見回してみる。
「やっぱりいないか。」
ふ…と苦しそうに笑みを浮かべて、羽を出し、キャシーは川の上へ向かった。
「力を、貸して…、みんな。」
目を閉じ、森に語りかけた。ケニーの行方を尋ねながら、川沿いを飛んでみよう、と考えたのだ。
後一日………だったのに……。私が、気を抜かずにいれば、こんなことには……。最後だからこそ、気を抜いちゃいけなかったのに………。
このまま、夜中零時まで、ケニーが見つからなければ、動物たちは、ケニーは死んだと見なすだろう。人は皆殺しの運命にある。
だけど………………。
人類の未来は、今は気にならなかった。
酷いな、私。人間のこと、今は皆殺し、とか、どうでもいいや…………………。動物たちを、出来ることなら手に掛けたくない、なんて言ってる場合じゃなかった…………。ケニーを失ってしまうかも知れない、これはそういう依頼だったのに…………。だから断ろうとしたのに…。
本当には分かってなかった。これが、殺し合いなのだと。
ケニーの名を呼びながら、川を下へと伝って下って行く。どこまで行っても、ケニーの姿も見えなければ、声も聞こえない。森への呼びかけも、沈黙と、知らないという答えばかりしか返らない。
「ケニー……………………、どこ………………?無事でいて……………………………………………。」
泣きそうになりながら、キャシーは願いをかけ、何度も名を呼び、ケニーを探し続けた。
見つかって、お願い………。
「教えて、森よ、風よ………、あの人は今、どこにいるの?ケニーを見ていたら教えて…………。」
ケニーケニー、と呼び続ける。
誰も、答えない。
探し続ける彼女の瞳に、目的の人の姿は映らない……………………………。
キャシー・ケニーの襲撃後、イルは住処に戻り、報告を待っていた。キャシーの体は倒れた場所に放置し、カルラと、ネズミのテオを見張りに残して、戻って来たのだった。
不意打ちは、見事成功した。一日目、テントから出なくなった二人に、妖精も巻き添えにするかもしれないと、始めの約束の手前、指をくわえて見ているしかなかった。二人を外へおびき出し、引き離さないことには、攻撃できないと、こんな賭に出ることにしたのである。
人間が死んだか、生き残ったか、はっきり確認が出来ないが、まあよい。あの川の流れは激しく、助かる率は低い。勝算は十分にある。ただ一つ不安が残るのは…。
「失礼します、イル様。」
見張りに残していたネズミが、報告に来た。イルはのっそりと出ていって、
「テオか。」
「はい。妖精が目を覚ましました。川を飛び、人間を捜しに、飛んで行きました。今、カルラさんが後を付けています。」
「そうか…………、ふむ。これで、人間が今日の零時までに見つからないか、死体で見つかれば、わしらの勝ちだな。」
「はい。準備を?」
「まだ良い。わしらが勝てばすぐに、とは言ったが、勝敗が決するには、後十二時間近くある。」
「承知しました。」
テオは、お辞儀をして、イルの前から消えた。
一、二時間もすれば、カルラが誰かと交代して様子を伝えに来るだろう。一寝入りするか。
慌てる必要もなくなった、とイルは奥へと戻っていった。
日が暮れて、随分になる。ケニーは、相変わらず見つかっていない。川を海まで追って下り、遡っていくときもずっと呼びかけていた。日没になって、落下地点に戻って来たとき、ひょっとしてテントのあったところへ帰っているかと、そこまでも行ってみた。だが、いなかった。暗い。人を捜すのには不利な条件だ。
だけど、諦めたくない……。
失ってしまった、と思いたくなかった。あの人は帰らない、と認めるのが怖かった。だから、捜すのを、やめなかった。
荷物に、残っていたマッチを取り出す。枯れ木を拾ってきて、松明を灯し、森の方も、時間いっぱいまで捜した。
刻々と迫る時間に追い立てられながら、必死に捜すキャシーの目の端をちらちらと、たまに赤い影が横切った。カルラが、イルのところを行き来しているのだと、ぼんやり思ったが、それだけだった。
イルは、カルラがやってくるたび、すぐに尋ねた。
「…妖精の様子は。」
「まだ、捜し続けております。零時まで捜すつもりでしょうか?」
「そうだろう。」
カルラは、見張りを交代しては、イルにキャシーの行動を知らせに飛び、状況が正午の頃からまったく変わっていないことを告げた。
「いつまで捜す?妖精よ。」
「……………………私が、あの人のことを、諦められるまで。」
ぼそっとキャシーが呟きを返した。その声は涸れ、絶望のために、抑揚をなくしていた。
「まあ、好きにするがいい。しかし、後少しで零時だぞ。」
「分かってるわよ。放って置いて。」
ケニー………………。
ケニー
ケニー
ケニー
返事をして!
何度呼べばいいのか、呼べば帰ると分かっていればいいのに。
そうと決まったものならいつまででも呼ぶのに。
焦りが混乱を招き寄せる。
どうか、見つかってほしい。
それなのに。
時間いっぱい捜し回った。
しかし、ついにケニーは見つからなかった。
第4章-後編へ
「う………………。」
日が中天にとどく頃、キャシーは意識を取り戻した。
何が……。確か、私はケニーと話してて…、熊が……。
「ケニーが!」
とっさにガバ、ッと身を起こすが、
「いッ…………………。」
腹部に走った鈍痛に、ずるずると上半身を倒す。急激に起き上がってはいけない。ゆっくり体を動かして、腹部の刺激を避けるのだ。片手を地面につく。片足を立て、片足を膝立ちにする。
「ケニー、を探さなきゃ……。」
よろよろしながらまずは、座位に持ち込み、それから、立ち上がる。片方立てた足を支え代わりに、少しばかりお腹に力を入れる。
「う……。」
小さく呻きが口から漏れたが、なんとか、立ち上がることには成功した。一応、辺りを見回してみる。
「やっぱりいないか。」
ふ…と苦しそうに笑みを浮かべて、羽を出し、キャシーは川の上へ向かった。
「力を、貸して…、みんな。」
目を閉じ、森に語りかけた。ケニーの行方を尋ねながら、川沿いを飛んでみよう、と考えたのだ。
後一日………だったのに……。私が、気を抜かずにいれば、こんなことには……。最後だからこそ、気を抜いちゃいけなかったのに………。
このまま、夜中零時まで、ケニーが見つからなければ、動物たちは、ケニーは死んだと見なすだろう。人は皆殺しの運命にある。
だけど………………。
人類の未来は、今は気にならなかった。
酷いな、私。人間のこと、今は皆殺し、とか、どうでもいいや…………………。動物たちを、出来ることなら手に掛けたくない、なんて言ってる場合じゃなかった…………。ケニーを失ってしまうかも知れない、これはそういう依頼だったのに…………。だから断ろうとしたのに…。
本当には分かってなかった。これが、殺し合いなのだと。
ケニーの名を呼びながら、川を下へと伝って下って行く。どこまで行っても、ケニーの姿も見えなければ、声も聞こえない。森への呼びかけも、沈黙と、知らないという答えばかりしか返らない。
「ケニー……………………、どこ………………?無事でいて……………………………………………。」
泣きそうになりながら、キャシーは願いをかけ、何度も名を呼び、ケニーを探し続けた。
見つかって、お願い………。
「教えて、森よ、風よ………、あの人は今、どこにいるの?ケニーを見ていたら教えて…………。」
ケニーケニー、と呼び続ける。
誰も、答えない。
探し続ける彼女の瞳に、目的の人の姿は映らない……………………………。
キャシー・ケニーの襲撃後、イルは住処に戻り、報告を待っていた。キャシーの体は倒れた場所に放置し、カルラと、ネズミのテオを見張りに残して、戻って来たのだった。
不意打ちは、見事成功した。一日目、テントから出なくなった二人に、妖精も巻き添えにするかもしれないと、始めの約束の手前、指をくわえて見ているしかなかった。二人を外へおびき出し、引き離さないことには、攻撃できないと、こんな賭に出ることにしたのである。
人間が死んだか、生き残ったか、はっきり確認が出来ないが、まあよい。あの川の流れは激しく、助かる率は低い。勝算は十分にある。ただ一つ不安が残るのは…。
「失礼します、イル様。」
見張りに残していたネズミが、報告に来た。イルはのっそりと出ていって、
「テオか。」
「はい。妖精が目を覚ましました。川を飛び、人間を捜しに、飛んで行きました。今、カルラさんが後を付けています。」
「そうか…………、ふむ。これで、人間が今日の零時までに見つからないか、死体で見つかれば、わしらの勝ちだな。」
「はい。準備を?」
「まだ良い。わしらが勝てばすぐに、とは言ったが、勝敗が決するには、後十二時間近くある。」
「承知しました。」
テオは、お辞儀をして、イルの前から消えた。
一、二時間もすれば、カルラが誰かと交代して様子を伝えに来るだろう。一寝入りするか。
慌てる必要もなくなった、とイルは奥へと戻っていった。
日が暮れて、随分になる。ケニーは、相変わらず見つかっていない。川を海まで追って下り、遡っていくときもずっと呼びかけていた。日没になって、落下地点に戻って来たとき、ひょっとしてテントのあったところへ帰っているかと、そこまでも行ってみた。だが、いなかった。暗い。人を捜すのには不利な条件だ。
だけど、諦めたくない……。
失ってしまった、と思いたくなかった。あの人は帰らない、と認めるのが怖かった。だから、捜すのを、やめなかった。
荷物に、残っていたマッチを取り出す。枯れ木を拾ってきて、松明を灯し、森の方も、時間いっぱいまで捜した。
刻々と迫る時間に追い立てられながら、必死に捜すキャシーの目の端をちらちらと、たまに赤い影が横切った。カルラが、イルのところを行き来しているのだと、ぼんやり思ったが、それだけだった。
イルは、カルラがやってくるたび、すぐに尋ねた。
「…妖精の様子は。」
「まだ、捜し続けております。零時まで捜すつもりでしょうか?」
「そうだろう。」
カルラは、見張りを交代しては、イルにキャシーの行動を知らせに飛び、状況が正午の頃からまったく変わっていないことを告げた。
「いつまで捜す?妖精よ。」
「……………………私が、あの人のことを、諦められるまで。」
ぼそっとキャシーが呟きを返した。その声は涸れ、絶望のために、抑揚をなくしていた。
「まあ、好きにするがいい。しかし、後少しで零時だぞ。」
「分かってるわよ。放って置いて。」
ケニー………………。
ケニー
ケニー
ケニー
返事をして!
何度呼べばいいのか、呼べば帰ると分かっていればいいのに。
そうと決まったものならいつまででも呼ぶのに。
焦りが混乱を招き寄せる。
どうか、見つかってほしい。
それなのに。
時間いっぱい捜し回った。
しかし、ついにケニーは見つからなかった。
第4章-後編へ
3.戦い-後編
一時間強で、二人はテントにたどり着いた。急いだところで、危険なことも、当分傷の手当が出来ないことも、状況として何ら変わりはしない、ということで、急がなかったために、思ったより時間がかかってしまった。途中一回、鳥の大群が襲ってきたための足止めも原因している。しかし、攻撃を受ける前にかたをつけたため、少なくとも、ケニーの怪我には影響しなかった。
「着いたわね。これで、手当出来るわ。かなりの時間が経ってしまったもの、最初のショックが冷めて、痛みが出てきてるんじゃない?すぐ手当しましょう。」
「頼むよ。」
「テントへ。」
「おう、サンキュー。」
キャシーは布をまくってケニーを先に中に入れると、自分最中に入って、リュックから傷薬をガーゼ、包帯を取り出した。傷薬は、学校の保健室でよく見るような、脱脂綿の小さな固まりにしみこませて、広口の瓶にしまってあった。
「腕を出して。」
ハンカチで作った即席の包帯をそろそろと剥がす。血でくっついてしまっていて、剥がすのには苦労したが、出血は止まっていた。剥き出しになった傷口をミネラルウォーターを涌かしたお湯で綺麗にし、消毒液を含ませた脱脂綿をピンセットでつまんで、丁寧に消毒した。それから、赤チンを同じようにして塗り、そこにガーゼを当てて、包帯で巻いた。
「はい、これで大丈夫。」
「ありがとう。」
「どういたしまして。お大事に。」
「お大事に出来ればいいけど。」
「そうねー、させてくれればいいんだけど。でも、せっかく私が手当したのよ、出来なくても、大事にするの!」
「無茶言うなって。」
「ふふ、じょーだんよ、冗談。」
「まったく…。」
仕方なさそうに笑って、すぐに顔色を正すと、
「だけど、嫌に静かだな。」
「なんだか、不気味ね。」
「今日はこれで終わりってことはないよな…。」
「ないでしょうね。」
「けど、こうして心配してても、向こうが、これからいつ、何をしてくるのか、分かるわけでもないしなあ。時刻も時刻だし…、ちょっと遅くなったけど、昼を食べないか?」
「それがいいかも。お腹がすくと、ろくなこと考えないって言うし。クロワッサンと、缶詰を開けましょうか。」
「いいね。」
賛同を得たので、缶詰と缶切りを取り出し、器に空けて、二人の間に置いた。
「よっしゃ、食べようぜ。」
二人は胸の前で手を合わせると、
「いただきます。」
「いただきます。」
ケニーはクロワッサンに、キャシーは果物のは言った器に手を伸ばす。お、このクロワッサンうまい、とか感想を述べつつ、ケニーはキャシーの顔色をうかがう。いつものように、赤みのさした頬をしていない。どちらも食べ終わるのを待ってから、
「キャシー、少し寝とけよ。顔、青いぞ。シールド、使いすぎてるんじゃないか?力温存しとくんだ、とか言っといて、真っ先に使わせた俺の台詞でもないけど。」
「そうは言っても、今は戦闘中だし。」
「寝とけって。そのままだと、もう一度使ったら、倒れるぞ。」
「でも。」
「俺は平気だって。」
「平気じゃない。」
キャシーは一歩も引かない。
強情だな。必死になってくれるのは嬉しい…、けど、見ている間にも顔色が悪くなってるのに、俺のこと気にしてる場合かよ。
ケニーは、しかめ面になる。一つ息をつき、
「まあ、確かに俺には、使える魔法なんか一つもないが。その分、頭を使って生き残るさ。だから、安心して寝ろよ。」
「見ていられる方が安心だもん。」
「…とにかく寝ろ。倒れるんじゃないかって心配なんだよ。」
「う……。」
「ほら。」
「分かった、おとなしく寝る。…?」
キャシーは渋々折れて、眠ろうとした。しかし、そのとき、微かに耳に届いたものに、神経を集中し、表情を険しくした。
「ケニー、私が起きるまで外に出ちゃ駄目だからね。」
「何で?」
後かたづけの手を止め、ケニーは振り返った。
「だめ、なんか話し声がする。言うとおり休むから、目が覚めるまで、ここにいて。」
「敵か?で、かなりの数で、シールドじゃないと身を守りきれないから、力が回復したら、起きて相手しようって?それじゃ休ませた意味がないじゃないか。」
「いいから、いてよ。心配なのは一緒なのよ。」
「……ふう。……O.K.降参だ。ここにいるよ、君が起きるまで。」
「ありがとう。」
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
にこっと笑って、キャシーは目を閉じた。一度もぞもぞと姿勢を変えるのに動き、そう何分としない内に規則正しい寝息が漏れ始めた。やはり、相当疲れていたのだ。起こさないようそろっと物を動かし、缶詰の空き缶などの始末をしてから、ケニーはキャシーのそばに座った。
「しばらく暇だな…。」
外に来てるのが何なのかは知らないが、テントの中までは攻撃できないらしい。自分も寝てしまって問題なさそうだが、出来そうもない。
しょーがないなぁ……。
諦めて、ケニーは、キャシーの目覚めを待った。じっとキャシーの寝顔を見守っていると、徐々に頬に血色が戻ってくるのが分かる。こういうのも悪くないか、と次の襲撃を受けるまで、二人はそれなり穏やかな時間を過ごした。
夕方。空が赤い。柔らかなオレンジがあっという間に濃いきつめの朱へと変わる。もうどのくらいかすれば、日没を迎える。そんな頃合いに、キャシーは目を覚ました。
「ん……。」
「お、起きたか。」
「おはよう…?」
「お早う。夕方だけどな、もう。」
「…何もなかった?」
「この通り、無事だよ。」
「何時?今…。」
「五時だ。どうする?夕飯にするか?」
「………………。」
「キャシー?」
「……あ、ケニー。」
「…まさか今までの会話、覚えてないとは言わないよな?」
「大丈夫、覚えてる。私、起きだちってこの調子なのよ。」
んー、と伸びをして、寝袋から抜け出すと、今度は、はっきりした口調で答えた。
「今朝は?」
やや困惑気味のケニーに、キャシーは寝袋を畳みながら、けろけろっとして、
「あのときは、夢見が悪かったから。」
「……まあ、いいか。で、夕飯、どうする?」
「うーん、その前に、テントの周りに集まってるのをどうにかしましょう。」
「やっぱりまだいるか。何がいるんだろう?」
「待って。」
キャシーはテントのチャックを下ろしてテントの入り口を開けた。テントの幕に沿ってシールドを張った状態で。
「蛇。」
短い草の間を縫って蛇たちが集まって来ていた。確認すると、すぐにテントの口を閉じ、
「シールドは解いたな。大丈夫か?」
「十分休ませてもらったから。」
「うん、顔色も大分良くなってるな。…蛇か。薪に火を付けよう。外に出るときは、それを持って足下を守りながら行けば、蛇には対抗できる。」
「分かったわ。…ごめん、早速だけど、外に出させて。気が足りない。寝たから体調は戻ったけど、シールドがこのままじゃろくに張れない。私に危害は加えないって約束があるから、無防備でも平気だし、一人で行くわ。」
「でも、いくら君でも。」
「大丈夫よ。じゃあ、行ってくる。」
「あ、おい、火…。」
「噛まれても、妖精に毒は効かないから。」
「だけど、痛いのに変わりはないだろ。…ほら。」
ケニーは、持ってきていた薪に火を付けて、差し出した。
「ありがとう。じゃあ、持って行くわ。」
テントに燃え移らないよう気を付けながら、入り口を開けるや、松明をかざして、キャシーはテントから出た。彼女の全身が出ると、すぐに入り口を閉め、ケニーは外から声がかかるのを待つことになった。
「守られてばっかりってのも、何だかなあ。」
畳まれた寝袋を枕代わりに、ごろんと横になりながら、ケニーは今の状況に、少し落ち込んだ。
シールド、あまり使わせないようにしようと思ってたのに…、使わせて、負担かけちまって…。自分の身ぐらい自分で守りたいし、守れると思ったんだがなあ。所詮町育ちってか?…いかん、落ち込みが酷くなってきた……。でも…、明日もこの調子なんだろうか…。妖精と比べるのがおかしいのか?しかし、やっぱり守られてばっかりってのは、人間同士だろうが、そうじゃなかろうが複雑だよなあ。あー………。
マイナス思考にきりはない。落ち込んで手も事態は好転しないと、溜息をつき、起き上がる。
「ケニー。」
丁度よく、キャシーも帰ってきた。上の方から声がするから、まだ飛んでるのに違いない。
「開けるぞ。」
「いいわよ。」
普通の高さ。確認すると、ケニーは入り口を開いた。キャシーは松明を地面沿いにはわせながら、後ろ手に食器を手渡しと、テントの中に入り、素早く元通りにチャックを上げた。
「ただいま。」
「お帰り。」
「五時半か。お夕飯にしましょうか。」
「そうだな。」
「ミニコンロ出すわ。朝と同じ食パンだけど、焼けば少しは違うだろうし。」
「キャシーは?」
「私?私はやっぱり果物だけど。飽きてないから、別にいいかな。」
「だったら、俺も焼かなくていいよ。コンロは飽きるまでとっとこう。」
「そうする?」
「そうする。」
オウム返しに返して、二人はくすくす笑い合った。
…しばらくして、二人は食事をしながら相談した。やっと一日目が終わろうとしているが、直前に難問が立ち上がった。
「それにしても、蛇、かあ。厄介ね。今日、もう少しして、もう休みますと伝えに言ってから、明日の朝、お早うを言いに行くまでの間は、休戦みたいなもので、問題ないけど、戦闘開始からまた配置されるかも知れない。」
「うーん、根性戦だな。出るたびに火を持って出るしかない。」
「上ががら空きだわ。」
「鳥、一羽が防ぎにくくなるからなあ。」
「籠城戦、かしら。」
「それしかないだろうが、限界があるぞ、それ。用足しとかどうしたらいいんだよ、俺。」
苦笑しながら言うと、
「あ、そうか。」
キャシーは赤くなってうつむいた。
「そういうときだけ、シールドを張ればいいわ。出来るだけ、外での用事は、私がやる。そうよ、朝知らせに行くのだって、私だけ動けば良かったのよ。ごめんなさい。」
赤かった顔が、シュンとなった。
「今朝は今朝。俺も考えつかなかったし、第一、任せっぱなしみたいで居心地悪い。いいんだって、臨機応変で。」
「……なんだかここに来てから、慰めてもらってばかりね。しゃっきりしなくちゃ。ごめんね、ありがとう。」
「………キャシーも、か。」
ぼそっと呟いた言葉はキャシーには聞こえなかった。キャシーはケニーの目の前で手をひらひらと動かし、不思議そうに尋ねた。
「どうしたの?ケニー。」
「あ、いや、何でもない。」
「そう?急にぼーっとしたりして、大丈夫?何か変なこと言った?私。あ、疲れたんでしょ。私が寝てるとき、寝なかったのね、やっぱり。ケニーのことだから、じゃないか、とは思ったけど。先に寝るんじゃなかったわ。」
「違うよ。それに、あのとき、一緒に寝るわけにはいかなかったじゃないか、戦闘中だって君も言ったろ。」
「そうだけど。」
口をとがらせての言葉には、申し訳なさの中に、気遣いが除く。
「…今夜は少し早めに寝ようか。」
口元をゆるめてケニーが提案すると、キャシーは満面の笑みで同意して、
「…蛇のこと、取り敢えず、それで行きましょうよ。シールドが使えるのが無限じゃない以上、持久戦しかないわ、今のところ。」
「そうしよう。」
話が付くと、話題がとぎれてしまって後が続かなかった。何分間か沈黙してから、やがてどちらからともなく、婚約の時の話になった。脈絡は、まったくない。なんとなくだ。
学生時代に出会って以来、始めの頃は友人として、途中からは恋人同士として、互いの家を行き来していた。どちらの親も、わが子の連れてきた相手に好意的で、仲良く付き合ってきた。だから、結婚の申し込みに行ったときも大丈夫だと踏んでいたのに、思考の告げる判断に反して、とても緊張してしまい、家のちょっとした段差にやたら引っかかるわ、おかしな相槌は打つわ、どもるわで、さんざんだった。…という話から始まり、学生時代の二人の経験、友人の話、と、微妙につながりながら、あちこちに飛んで、とりとめなく話して過ごした。喋り疲れた頃には、九時半だった。
「そろそろ寝ましょうか。」
「ああ。」
「イルのところへ行ってくるわね。」
「行ってらっしゃい。」
「行って来ます。」
松明を持ち、テントを出て飛び立つ。暗くてよく見えない。松明の明かりを頼りに、進み、
「今日は、これで休みます、また明日。」
イルに告げ、テントに帰る。帰りは目が慣れて、行きよりは楽だった。
「ただいま。」
「蛇たちは?」
「今引き上げて行ってるところよ。もうしばらくしたら、いなくなると思うわ。」
「それから寝支度に入ろう。」
「ええ。」
三十分ほど待ってから二人は共に外に出た。川に降りて、歯を磨き、戻ると寝袋を広げた。
「お休み、キャシー。」
「お休み、ケニー。」
軽くキスを交わし、寝袋に潜り込む。
とにかく、一週間逃げ切ろう。
そうして、どちらも改めてこう決意を固め、静かに、眠りの床についた。
最初の一日が終わってから、五つの朝を迎え、五つの夜を過ごした。イルとの通信役はキャシーが務め、ケニーは極力動かないようにし、かつ、通信のときの他はキャシーが必ずそばにいたので、向こうも攻撃がしにくかったらしく、ケニーもキャシーも消耗は少なかった。
そして、六回目の朝。いつものように朝食を食べ終え、伝言をしに行た。この頃には、二人は、気抜けして、呑気な会話をするようになってしまっていた。
「今日も蛇、いるわね。」
「そうだな。いい加減うんざりだが…後一日の辛抱だ。」
「後一日、そうよね。こうしてみると、あっけなかったかも。帰ったら結婚式の準備もあるんだっけ?」
「まだ終わってないよ。…キャシー、緊張感が解けてきてるんじゃないか?もしかして。」
「多分。初日に緊張しすぎたんだわ。まずいな、こういうときが一番…。」
「やばいんだ。」
「なのよね。」
「動物たちも俺をどうやって外に連れ出すか考えてるだろうし。」
「今もところ蛇を張らせとくとかくらいしか思いついてないみたいだけど。」
「油断させるために、攻撃をゆるめてるだけ、とも考えられるが。」
「それを言わないでよ、考えないようにしてるのに。」
「現実は見つめないと。」
冷淡にケニーは言い放った。
「分かってるわよぉ。」
分かってるけど…とキャシーがぶつぶつ呟いていると、実にタイミングよく噂の敵が現れた。ケニーが音のする方角を指し、
「…と、ほら、やっぱり敵さんのおでましだ。俺の予想の方が当たったぞ。」
影の正体は、熊らしい。三頭のようだ。近づいてくる足音が三方からドシンドシンと聞こえる。近づくのを隠す気もないようだ。
「威張らないでよ、こんなところで。」
と、キャシーが目を半眼にして非難するので、ケニーは肩を大仰にすくめて、
「でも、喜んではないぜ?心底、嫌だ。」
「嫌なのは、同じよ…。…あー!もう!」
キャシーは自分で自分の頬をはたいて、
「ごめんなさい、ケニー。私ったら…、今は、苛立ってる場合じゃないし、」
「喧嘩をしてる場合じゃない、だろ?」
「その通り!」
熊が出てきたということは、蛇は撤退させてあるだろう。相手は、キャシーに危害を加える気はない。だから、テントごとつぶしはすまい。と、なればテントを破いて、外に出ざるを得なくしてしまう気なのだ。
「キャシー、外に出るぞ。寝泊まりの場所壊されたんじゃたまったもんじゃない。奴らの縄張りの中で、テントなしで過ごせるところを探すのは骨だぞ、今の状況下じゃ。」
「分かった。」
自分たちの予測を信じてはいたものの、用心にシールドを張りながらテントを出た。
「…すまん、そのままシールド張っててくれ。テントを片づける。残していくと、破られるかもしれん。」
キャシーたちが用意したのは骨組みのいるタイプではなかったが、残していけば、運良く戻って来れたとしても、テントが使えなくなっているかも知れない。
「幸い、食料も使って、荷物も軽くなってる。全部持っていこう。」
手早くテントを片づけ、ケニーはキャシーに言った。
「それなら、服は置いて行きましょう。後、私は跳べるから、荷物は私が持つ。あなたは少しでも身軽でいて。」
「いいのか?」
「構わないわ。元々拘らないし。それより、シールドといたら、どっちに逃げるの?」
「シールドをあまり使わない方がいいしなあ。なんか、一日目と同じことになってるが…、これだと、川の方へ逃げるしかないだろう。あそこに架かってる橋の方へ。」
ケニーが冷静に返答した。キャシーも三頭を見回して、考えた。
確かに、これじゃ、そっちに行くしかないわよね…。…………え?
「川?!」
………………………………正夢!!
「キャシー、終わった、逃げるぞ!」
「駄目、行ったら駄目!」
「え?」
勝負は、一瞬だった。
シールドを避けて三頭の内の一頭が、ケニーの背に向かって突進した。
どおんんんんん………………。
「うわああああああああああ!!」
「ケニー!」
ケニーの背後にシールドを!
その瞬間、キャシーの気が逸れた。熊たちに向かって張っていたシールドが解け、お腹に一撃を食らった。
「うっ…………………。」
彼女は気を失い、その場に崩れ落ちた。
ケニーは飛ばされたまま、川に落ちた。
川は深く、速い流れで、みるみる流されていった。服の重みで泳げない。山ほど水を飲み、そして…いつしか彼の意識は、闇に奪われていった。
第4章前編へ
一時間強で、二人はテントにたどり着いた。急いだところで、危険なことも、当分傷の手当が出来ないことも、状況として何ら変わりはしない、ということで、急がなかったために、思ったより時間がかかってしまった。途中一回、鳥の大群が襲ってきたための足止めも原因している。しかし、攻撃を受ける前にかたをつけたため、少なくとも、ケニーの怪我には影響しなかった。
「着いたわね。これで、手当出来るわ。かなりの時間が経ってしまったもの、最初のショックが冷めて、痛みが出てきてるんじゃない?すぐ手当しましょう。」
「頼むよ。」
「テントへ。」
「おう、サンキュー。」
キャシーは布をまくってケニーを先に中に入れると、自分最中に入って、リュックから傷薬をガーゼ、包帯を取り出した。傷薬は、学校の保健室でよく見るような、脱脂綿の小さな固まりにしみこませて、広口の瓶にしまってあった。
「腕を出して。」
ハンカチで作った即席の包帯をそろそろと剥がす。血でくっついてしまっていて、剥がすのには苦労したが、出血は止まっていた。剥き出しになった傷口をミネラルウォーターを涌かしたお湯で綺麗にし、消毒液を含ませた脱脂綿をピンセットでつまんで、丁寧に消毒した。それから、赤チンを同じようにして塗り、そこにガーゼを当てて、包帯で巻いた。
「はい、これで大丈夫。」
「ありがとう。」
「どういたしまして。お大事に。」
「お大事に出来ればいいけど。」
「そうねー、させてくれればいいんだけど。でも、せっかく私が手当したのよ、出来なくても、大事にするの!」
「無茶言うなって。」
「ふふ、じょーだんよ、冗談。」
「まったく…。」
仕方なさそうに笑って、すぐに顔色を正すと、
「だけど、嫌に静かだな。」
「なんだか、不気味ね。」
「今日はこれで終わりってことはないよな…。」
「ないでしょうね。」
「けど、こうして心配してても、向こうが、これからいつ、何をしてくるのか、分かるわけでもないしなあ。時刻も時刻だし…、ちょっと遅くなったけど、昼を食べないか?」
「それがいいかも。お腹がすくと、ろくなこと考えないって言うし。クロワッサンと、缶詰を開けましょうか。」
「いいね。」
賛同を得たので、缶詰と缶切りを取り出し、器に空けて、二人の間に置いた。
「よっしゃ、食べようぜ。」
二人は胸の前で手を合わせると、
「いただきます。」
「いただきます。」
ケニーはクロワッサンに、キャシーは果物のは言った器に手を伸ばす。お、このクロワッサンうまい、とか感想を述べつつ、ケニーはキャシーの顔色をうかがう。いつものように、赤みのさした頬をしていない。どちらも食べ終わるのを待ってから、
「キャシー、少し寝とけよ。顔、青いぞ。シールド、使いすぎてるんじゃないか?力温存しとくんだ、とか言っといて、真っ先に使わせた俺の台詞でもないけど。」
「そうは言っても、今は戦闘中だし。」
「寝とけって。そのままだと、もう一度使ったら、倒れるぞ。」
「でも。」
「俺は平気だって。」
「平気じゃない。」
キャシーは一歩も引かない。
強情だな。必死になってくれるのは嬉しい…、けど、見ている間にも顔色が悪くなってるのに、俺のこと気にしてる場合かよ。
ケニーは、しかめ面になる。一つ息をつき、
「まあ、確かに俺には、使える魔法なんか一つもないが。その分、頭を使って生き残るさ。だから、安心して寝ろよ。」
「見ていられる方が安心だもん。」
「…とにかく寝ろ。倒れるんじゃないかって心配なんだよ。」
「う……。」
「ほら。」
「分かった、おとなしく寝る。…?」
キャシーは渋々折れて、眠ろうとした。しかし、そのとき、微かに耳に届いたものに、神経を集中し、表情を険しくした。
「ケニー、私が起きるまで外に出ちゃ駄目だからね。」
「何で?」
後かたづけの手を止め、ケニーは振り返った。
「だめ、なんか話し声がする。言うとおり休むから、目が覚めるまで、ここにいて。」
「敵か?で、かなりの数で、シールドじゃないと身を守りきれないから、力が回復したら、起きて相手しようって?それじゃ休ませた意味がないじゃないか。」
「いいから、いてよ。心配なのは一緒なのよ。」
「……ふう。……O.K.降参だ。ここにいるよ、君が起きるまで。」
「ありがとう。」
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
にこっと笑って、キャシーは目を閉じた。一度もぞもぞと姿勢を変えるのに動き、そう何分としない内に規則正しい寝息が漏れ始めた。やはり、相当疲れていたのだ。起こさないようそろっと物を動かし、缶詰の空き缶などの始末をしてから、ケニーはキャシーのそばに座った。
「しばらく暇だな…。」
外に来てるのが何なのかは知らないが、テントの中までは攻撃できないらしい。自分も寝てしまって問題なさそうだが、出来そうもない。
しょーがないなぁ……。
諦めて、ケニーは、キャシーの目覚めを待った。じっとキャシーの寝顔を見守っていると、徐々に頬に血色が戻ってくるのが分かる。こういうのも悪くないか、と次の襲撃を受けるまで、二人はそれなり穏やかな時間を過ごした。
夕方。空が赤い。柔らかなオレンジがあっという間に濃いきつめの朱へと変わる。もうどのくらいかすれば、日没を迎える。そんな頃合いに、キャシーは目を覚ました。
「ん……。」
「お、起きたか。」
「おはよう…?」
「お早う。夕方だけどな、もう。」
「…何もなかった?」
「この通り、無事だよ。」
「何時?今…。」
「五時だ。どうする?夕飯にするか?」
「………………。」
「キャシー?」
「……あ、ケニー。」
「…まさか今までの会話、覚えてないとは言わないよな?」
「大丈夫、覚えてる。私、起きだちってこの調子なのよ。」
んー、と伸びをして、寝袋から抜け出すと、今度は、はっきりした口調で答えた。
「今朝は?」
やや困惑気味のケニーに、キャシーは寝袋を畳みながら、けろけろっとして、
「あのときは、夢見が悪かったから。」
「……まあ、いいか。で、夕飯、どうする?」
「うーん、その前に、テントの周りに集まってるのをどうにかしましょう。」
「やっぱりまだいるか。何がいるんだろう?」
「待って。」
キャシーはテントのチャックを下ろしてテントの入り口を開けた。テントの幕に沿ってシールドを張った状態で。
「蛇。」
短い草の間を縫って蛇たちが集まって来ていた。確認すると、すぐにテントの口を閉じ、
「シールドは解いたな。大丈夫か?」
「十分休ませてもらったから。」
「うん、顔色も大分良くなってるな。…蛇か。薪に火を付けよう。外に出るときは、それを持って足下を守りながら行けば、蛇には対抗できる。」
「分かったわ。…ごめん、早速だけど、外に出させて。気が足りない。寝たから体調は戻ったけど、シールドがこのままじゃろくに張れない。私に危害は加えないって約束があるから、無防備でも平気だし、一人で行くわ。」
「でも、いくら君でも。」
「大丈夫よ。じゃあ、行ってくる。」
「あ、おい、火…。」
「噛まれても、妖精に毒は効かないから。」
「だけど、痛いのに変わりはないだろ。…ほら。」
ケニーは、持ってきていた薪に火を付けて、差し出した。
「ありがとう。じゃあ、持って行くわ。」
テントに燃え移らないよう気を付けながら、入り口を開けるや、松明をかざして、キャシーはテントから出た。彼女の全身が出ると、すぐに入り口を閉め、ケニーは外から声がかかるのを待つことになった。
「守られてばっかりってのも、何だかなあ。」
畳まれた寝袋を枕代わりに、ごろんと横になりながら、ケニーは今の状況に、少し落ち込んだ。
シールド、あまり使わせないようにしようと思ってたのに…、使わせて、負担かけちまって…。自分の身ぐらい自分で守りたいし、守れると思ったんだがなあ。所詮町育ちってか?…いかん、落ち込みが酷くなってきた……。でも…、明日もこの調子なんだろうか…。妖精と比べるのがおかしいのか?しかし、やっぱり守られてばっかりってのは、人間同士だろうが、そうじゃなかろうが複雑だよなあ。あー………。
マイナス思考にきりはない。落ち込んで手も事態は好転しないと、溜息をつき、起き上がる。
「ケニー。」
丁度よく、キャシーも帰ってきた。上の方から声がするから、まだ飛んでるのに違いない。
「開けるぞ。」
「いいわよ。」
普通の高さ。確認すると、ケニーは入り口を開いた。キャシーは松明を地面沿いにはわせながら、後ろ手に食器を手渡しと、テントの中に入り、素早く元通りにチャックを上げた。
「ただいま。」
「お帰り。」
「五時半か。お夕飯にしましょうか。」
「そうだな。」
「ミニコンロ出すわ。朝と同じ食パンだけど、焼けば少しは違うだろうし。」
「キャシーは?」
「私?私はやっぱり果物だけど。飽きてないから、別にいいかな。」
「だったら、俺も焼かなくていいよ。コンロは飽きるまでとっとこう。」
「そうする?」
「そうする。」
オウム返しに返して、二人はくすくす笑い合った。
…しばらくして、二人は食事をしながら相談した。やっと一日目が終わろうとしているが、直前に難問が立ち上がった。
「それにしても、蛇、かあ。厄介ね。今日、もう少しして、もう休みますと伝えに言ってから、明日の朝、お早うを言いに行くまでの間は、休戦みたいなもので、問題ないけど、戦闘開始からまた配置されるかも知れない。」
「うーん、根性戦だな。出るたびに火を持って出るしかない。」
「上ががら空きだわ。」
「鳥、一羽が防ぎにくくなるからなあ。」
「籠城戦、かしら。」
「それしかないだろうが、限界があるぞ、それ。用足しとかどうしたらいいんだよ、俺。」
苦笑しながら言うと、
「あ、そうか。」
キャシーは赤くなってうつむいた。
「そういうときだけ、シールドを張ればいいわ。出来るだけ、外での用事は、私がやる。そうよ、朝知らせに行くのだって、私だけ動けば良かったのよ。ごめんなさい。」
赤かった顔が、シュンとなった。
「今朝は今朝。俺も考えつかなかったし、第一、任せっぱなしみたいで居心地悪い。いいんだって、臨機応変で。」
「……なんだかここに来てから、慰めてもらってばかりね。しゃっきりしなくちゃ。ごめんね、ありがとう。」
「………キャシーも、か。」
ぼそっと呟いた言葉はキャシーには聞こえなかった。キャシーはケニーの目の前で手をひらひらと動かし、不思議そうに尋ねた。
「どうしたの?ケニー。」
「あ、いや、何でもない。」
「そう?急にぼーっとしたりして、大丈夫?何か変なこと言った?私。あ、疲れたんでしょ。私が寝てるとき、寝なかったのね、やっぱり。ケニーのことだから、じゃないか、とは思ったけど。先に寝るんじゃなかったわ。」
「違うよ。それに、あのとき、一緒に寝るわけにはいかなかったじゃないか、戦闘中だって君も言ったろ。」
「そうだけど。」
口をとがらせての言葉には、申し訳なさの中に、気遣いが除く。
「…今夜は少し早めに寝ようか。」
口元をゆるめてケニーが提案すると、キャシーは満面の笑みで同意して、
「…蛇のこと、取り敢えず、それで行きましょうよ。シールドが使えるのが無限じゃない以上、持久戦しかないわ、今のところ。」
「そうしよう。」
話が付くと、話題がとぎれてしまって後が続かなかった。何分間か沈黙してから、やがてどちらからともなく、婚約の時の話になった。脈絡は、まったくない。なんとなくだ。
学生時代に出会って以来、始めの頃は友人として、途中からは恋人同士として、互いの家を行き来していた。どちらの親も、わが子の連れてきた相手に好意的で、仲良く付き合ってきた。だから、結婚の申し込みに行ったときも大丈夫だと踏んでいたのに、思考の告げる判断に反して、とても緊張してしまい、家のちょっとした段差にやたら引っかかるわ、おかしな相槌は打つわ、どもるわで、さんざんだった。…という話から始まり、学生時代の二人の経験、友人の話、と、微妙につながりながら、あちこちに飛んで、とりとめなく話して過ごした。喋り疲れた頃には、九時半だった。
「そろそろ寝ましょうか。」
「ああ。」
「イルのところへ行ってくるわね。」
「行ってらっしゃい。」
「行って来ます。」
松明を持ち、テントを出て飛び立つ。暗くてよく見えない。松明の明かりを頼りに、進み、
「今日は、これで休みます、また明日。」
イルに告げ、テントに帰る。帰りは目が慣れて、行きよりは楽だった。
「ただいま。」
「蛇たちは?」
「今引き上げて行ってるところよ。もうしばらくしたら、いなくなると思うわ。」
「それから寝支度に入ろう。」
「ええ。」
三十分ほど待ってから二人は共に外に出た。川に降りて、歯を磨き、戻ると寝袋を広げた。
「お休み、キャシー。」
「お休み、ケニー。」
軽くキスを交わし、寝袋に潜り込む。
とにかく、一週間逃げ切ろう。
そうして、どちらも改めてこう決意を固め、静かに、眠りの床についた。
最初の一日が終わってから、五つの朝を迎え、五つの夜を過ごした。イルとの通信役はキャシーが務め、ケニーは極力動かないようにし、かつ、通信のときの他はキャシーが必ずそばにいたので、向こうも攻撃がしにくかったらしく、ケニーもキャシーも消耗は少なかった。
そして、六回目の朝。いつものように朝食を食べ終え、伝言をしに行た。この頃には、二人は、気抜けして、呑気な会話をするようになってしまっていた。
「今日も蛇、いるわね。」
「そうだな。いい加減うんざりだが…後一日の辛抱だ。」
「後一日、そうよね。こうしてみると、あっけなかったかも。帰ったら結婚式の準備もあるんだっけ?」
「まだ終わってないよ。…キャシー、緊張感が解けてきてるんじゃないか?もしかして。」
「多分。初日に緊張しすぎたんだわ。まずいな、こういうときが一番…。」
「やばいんだ。」
「なのよね。」
「動物たちも俺をどうやって外に連れ出すか考えてるだろうし。」
「今もところ蛇を張らせとくとかくらいしか思いついてないみたいだけど。」
「油断させるために、攻撃をゆるめてるだけ、とも考えられるが。」
「それを言わないでよ、考えないようにしてるのに。」
「現実は見つめないと。」
冷淡にケニーは言い放った。
「分かってるわよぉ。」
分かってるけど…とキャシーがぶつぶつ呟いていると、実にタイミングよく噂の敵が現れた。ケニーが音のする方角を指し、
「…と、ほら、やっぱり敵さんのおでましだ。俺の予想の方が当たったぞ。」
影の正体は、熊らしい。三頭のようだ。近づいてくる足音が三方からドシンドシンと聞こえる。近づくのを隠す気もないようだ。
「威張らないでよ、こんなところで。」
と、キャシーが目を半眼にして非難するので、ケニーは肩を大仰にすくめて、
「でも、喜んではないぜ?心底、嫌だ。」
「嫌なのは、同じよ…。…あー!もう!」
キャシーは自分で自分の頬をはたいて、
「ごめんなさい、ケニー。私ったら…、今は、苛立ってる場合じゃないし、」
「喧嘩をしてる場合じゃない、だろ?」
「その通り!」
熊が出てきたということは、蛇は撤退させてあるだろう。相手は、キャシーに危害を加える気はない。だから、テントごとつぶしはすまい。と、なればテントを破いて、外に出ざるを得なくしてしまう気なのだ。
「キャシー、外に出るぞ。寝泊まりの場所壊されたんじゃたまったもんじゃない。奴らの縄張りの中で、テントなしで過ごせるところを探すのは骨だぞ、今の状況下じゃ。」
「分かった。」
自分たちの予測を信じてはいたものの、用心にシールドを張りながらテントを出た。
「…すまん、そのままシールド張っててくれ。テントを片づける。残していくと、破られるかもしれん。」
キャシーたちが用意したのは骨組みのいるタイプではなかったが、残していけば、運良く戻って来れたとしても、テントが使えなくなっているかも知れない。
「幸い、食料も使って、荷物も軽くなってる。全部持っていこう。」
手早くテントを片づけ、ケニーはキャシーに言った。
「それなら、服は置いて行きましょう。後、私は跳べるから、荷物は私が持つ。あなたは少しでも身軽でいて。」
「いいのか?」
「構わないわ。元々拘らないし。それより、シールドといたら、どっちに逃げるの?」
「シールドをあまり使わない方がいいしなあ。なんか、一日目と同じことになってるが…、これだと、川の方へ逃げるしかないだろう。あそこに架かってる橋の方へ。」
ケニーが冷静に返答した。キャシーも三頭を見回して、考えた。
確かに、これじゃ、そっちに行くしかないわよね…。…………え?
「川?!」
………………………………正夢!!
「キャシー、終わった、逃げるぞ!」
「駄目、行ったら駄目!」
「え?」
勝負は、一瞬だった。
シールドを避けて三頭の内の一頭が、ケニーの背に向かって突進した。
どおんんんんん………………。
「うわああああああああああ!!」
「ケニー!」
ケニーの背後にシールドを!
その瞬間、キャシーの気が逸れた。熊たちに向かって張っていたシールドが解け、お腹に一撃を食らった。
「うっ…………………。」
彼女は気を失い、その場に崩れ落ちた。
ケニーは飛ばされたまま、川に落ちた。
川は深く、速い流れで、みるみる流されていった。服の重みで泳げない。山ほど水を飲み、そして…いつしか彼の意識は、闇に奪われていった。
第4章前編へ
3.戦い-前編
ここは、どこだろう。足下は草地…。なんだか、頭がぼうっとして、はっきりしない。目の前には霧がかかっている。ザーザーと音がする。川?ああ、川の畔に立ってるのか。何で気づかなかったんだろう?
「ケニー、は?」
ふと気づけば、ずっとそばにあった気配が、今はない。見回してみても、姿は見えない。
「ケニー、どこにいるの?」
呼んでみるが、ここにいるよ、という声はしない。
「ケニー?」
ちょっと不安になる。
「ケニー、ケニー、どこにいるのよ、早く出てきてよ。」
誰も、現れてはくれない。
「ケニーったら!」
「おーい、キャシー、こっちだよ。」
「ケニー!」
やっと聞こえた彼の声の方へ走っていくと、ケニーは岸で顔を洗っているのが見えた。こっちは姿が見えないわ、呼んでも返事はないわで心配していたというのに、なんて呑気なやつ。なんだか無性に腹が立って、キャシーはつかつかと歩み寄っていきながら、ケニーに怒鳴った。
「もう、どこに行ったかと思ったじゃないの。急に消えた…………っ、ケニー!後ろ!!」
「え?うわああああああああっ!!」
キャシーが後ろの何かの動物の影に気づいたときは、もう遅かった。彼女が叫んだ瞬間、影が飛び出し、ケニーの背を突き飛ばした。
「ケニイィィーーーーーーーーーー!!!」
「わあっ」
「あ…夢だったの……。」
気が付くと、キャシーは毛布から上半身を起こし、涙を流していた。ケニーがキャシーの顔を心配そうに覗き込んでいる。
ケニー…………………。目の前に、居る………。
「キャシー、キャシー?」
ケニーが、キャシーの頬をぺちぺちと叩いてきた。
手が、温かい。あれは、夢。こっちが、現実…………。良かった、まだ、この人は、私のそばにいてくれる。
「どうしたんだ、キャシー。」
「なんでもないの。ちょっとね、夢見が悪くて。」
あれは、夢。ナーバスになってるから見てしまった夢。大丈夫。
言い聞かせたが、夢の内容は、話せなかった。夢は、話すことで、現実になるとも、ならないとも言われている。どちらが正しいのかなんて知らないが、とにかく、キャシーには言えなかった。口にして、思い出すことが恐ろしかった。考えたくなくて、キャシーはケニーの追求を適当にごまかし、洗面の道具を持って、川へ向かった。
近寄りたくなかったが、行くのを渋ることもできないので、夢のことを考えないよう努力しながら、手早く顔を洗い、テントに戻った。
「ケニー、次どうぞ。私、あなたが顔洗ってる間に、朝食の準備しとくから。」
「キャシー、一体どんな夢だったんだ?話せよ。人に言うほうが、溜めこんどくよりは、楽かも知れないぜ?」
「大丈夫よ。ホントになんでもないんだから。ほら、早くしないと、動物たちも待ちくたびれて、勝手に始められちゃうかもよ。」
「本当だな?」
「本当よ。ほらほら。」
「分かった。俺は、見ての通り、もう着替えてるから。少しゆっくりしてくるから、着替えとけよ。朝食が終わったら、言いに行こう。」
一つ溜息をつくと、いかにも仕方なさそうに、川へ歩いていった。そんな後ろ姿を彼らしい、と微笑しながら見送って、キャシーは、テントの中で急いで着替え、朝食の準備に取りかかった。と言っても、携帯できて、腐りにくい食料をと思って選んできたので、大したメニューではない。ケニーの分は、焼かないままのパンに、ジャムかバターを塗ったもの。卵が入っているので、キャシーは食べられない。彼女のメニューは、食パンの代わりに、缶詰の果物を取り出した。後は、紙コップと紙皿をリュックから出し、それらをランチョンマットの上に置いて、ケニーを待つだけ。
「キャシー、入るよ。」
「ええ、朝食、用意してあるわよ。ろくなもの持ってこなかったから、こんなのだけど。ごめんね。」
「気にしてないよ。準備は俺も一緒にしたんだし、知ってるさ。帰ったら、上手いもん作ってくれよ。」
「もちろん!」
「さあ、食べよう。勝手に戦闘開始にされたら困るからな。」
「そうね。早く食べて、言いに行かなくちゃ。」
二人は、手を合わせ、同時に「いただきます。」と言ってから、それぞれの皿の上のパンに手を伸ばした。ナイフで思い思いのものを塗り、口に運ぶ。それから二十分、黙々と食べ、無言のまま食器をまとめて、捨てるものはゴミ袋に入れ、ランチョンマットのパンくずを外で払い、すべてをひとまとめにすると、鞄にしまって立ち上がる。
「言いに行こうか。」
「そうしましょう。」
昨夜通った道をたどり、イルの住処へ着くと、奥に向かって話しかけた。
「お早うございます。起きましたよ。」
「了解した。」
低く声が帰ってきた。伝わったのを確認すると、二人はすぐに引き返し出した。どこにいても敵地に変わりはないが、敵が近くにいると分かっている所に、いつまでもいる必要もない。少しでも、離れておくべきだ。
「もう五分経ったのか?!」
後少しでテント、という位置で、走っていた二人のサイドから、狼が数頭、飛び出してきた。前方を、半円状に囲まれている。狼たちがじりじりと近づいて来る分、ケニーたちは後ろへ下がる。キャシーの身体の周りが、青紫の燐光を放ち始めている。
「キャシー、寄せ!力は温存しとくんだ!」
「だけど!」
「ああ、身を守るものを何も持って出てきてなかった。迂闊だったよ。リトルタウンは、平和な町だから…。」
平和ボケだね。心の中で苦々しく思った。
狼たちは歩を進めてくるのに合わせて、ケニーたちは後退する。キャシーは燐光をおさめようとしない。
「ケニー。」
「いい、まだ大丈夫だ。殺気は感じるが、こいつら、俺たちを追いやるばかりで、襲いかかってくる様子はない。どこかに連れて行くつもりなんだ。」
「でも、行ったら同じことだわ。」
「行かなくても窮地には変わりない。行くまいとすれば、きっと襲ってくる。だけど、今のままなら、そこに着くまでは平気に違いない。しばらく、このまま、追いやられていればいい。」
「分かったわ。」
納得して、キャシーは放っていた燐光を消した。横目に確認し、安堵すると、狼の群衆に意識を集中した。
まったく迂闊だった。妙に譲歩された条件。もしかして、本気ではないのか?と思ったのが甘かった。昨日の晩も、先ほども、殺気を感じなかったのだが、あれは、ゲーム開始ではなかったからなのだ。公平な立場にしようとして付けてくれた条件。紳士的な態度の裏にあったのは、言葉通りの意味。ゲームだから。
「ケニー、足下。木の根が…。」
「ああ、大丈夫だ、気づいてる。」
すさらせるように動かしていた足を、少し高めに上げて、木の根を避け、さらに後退していく。狼たちが飛びかかってくる様子は、やはりない。半円を閉じようとも、ケニーたちの距離を詰めようともしない。ケニーの読みは当たっているようだ。
「さあ、どこに連れていく気だ…?」
狼たちに話しかけるように、低く呟く。
後ろにあるのは、なんだ?
向かっているのは、イルの住処の方ではない。テントから、彼の住処までの道からは既に外れている。進む道は、やや上り坂。後ろ向きでは、少し歩きにくい。木の根や背後にあるかも知れない幹に注意しながら進み続けると、周囲を囲む木がまばらになり、そのうち、岩肌が目立つようになった。その足下は、そう何歩と進まない内に、岩だけに変わる。
狼たちの包囲は解けない。結構歩いたように思うが、まだらしい。
「どこまで行くのかしら。気が遠くなりそう…。」
彼女も、自分も、こういった状況になれているわけではない。正直言って、辛い。一体、目的地はどこなのだろう。
ぐるるるる…
目の前にいた狼が唸った。
「着いた…って。」
「ここは…。」
ザッ!カラカラカラ…。
背後に目をやれば、次に足を踏み出す地面はない。
「崖……!」
踏み出せば、落ちる。飛んで逃げようにも、キャシーでは俺の体重を支えきれないだろう。どうすればいい?
自問自答する間にも、狼たちとの距離は狭まるばかりだ。
「一旦、落ちるか…。」
「え?」
緊張した場面、キャシーが驚いて振り向いたのが引き金となった。
「………!よせ!!」
がるるるる…っ!
ケニーが足を踏み外したのと、狼が飛びかかるのは、同時だった。
「キャシー!地面にぶつかる寸前でシールドを張ってくれ!」
「分かった!!」
「すまん!」
言いながら、一緒に落ちた狼を空中で引き寄せ、肩に首が掛かるようにして、抱え込んだ。そのまま、共に、二十メートルほどの高さを落下した。
「…………ッ!」
背中に衝撃が走る。地面まで、残り、十五センチ。弾力のあるシールドでかなり緩和されたとはいえ、ただの人の身には、大きすぎる衝撃だった。受け止められて、十秒程で、シールドは解かれた。ゆっくりと解いてくれたので、やんわりとした着地だった。
「いててて…。」
体の上にのっかった狼をそっと放しながら、ケニーは起き上がった。固定していた首を放しても、襲っては来ない。落下の衝撃で、気を失ってしまったらしい。
一応、距離とっとかないとな…。
軋む体を引きずって、ケニーは移動した。キャシーが、羽をしまいつつ駆け寄ってくる。
「ケニー、怪我は?!」
「ないよ、平気だ。」
「良かった…。」
「だが、安堵してる暇もなさそうだ。」
崖の上に残った狼たちが遠吠えをしている。
「誰か、呼んでるみたい。」
「早くここを離れよう。多分、崖を崩す気だ。」
「崖の上、熊が集まってるわ…、どこにいたのかしら…。」
「そんなことを考えてる場合じゃない、逃げるんだ。」
ケニーは気絶してる狼に近寄った。危ないと分かっているのに、放って行くわけにもいかない。
「ケニー、気付いたみたいよ!」
狼の耳がピクッと動き、目が開いた。ケニーの姿を認めると、すぐさま立ち上がり、襲いかかろうとしたが、キャシーがそれを止めた。
「待って、ここは危ないの。上を見て。多分この後、崖が崩れるわ。あなたも逃げないと。」
狼はちらと崖上を見やったが、動かなかった。飛びかかる隙を狙い、二人の周囲をぐるぐると回り出した。
「ここに引き留める気か…?一緒に死ぬぞ!」
どうしよう。
キャシーも、ケニーも焦った。上の熊の数は増えてきている。もう少しだ。落ちる前、見た景色の中には、一つ二つ、大きめの石があった。恐らく、始めはあれをこちらめがけて落として来るだろう。岩が脆ければ、それで崖は大なり小なり崩れる。
…そうして動けない内に、攻撃が始まってしまった。
「岩が落ちてくる!崖も崩れるわ!」
予想は当たった。
「仲間もいるのに…!」
キャシーは力を使う体制に入った。岩がぶつかる寸前、彼らの頭上にシールドが張られた。
「くっ……!」
岩が、一つ、二つ、と落ちてきた。重量がある分、負荷が大きい。キャシーの指先が白っぽくなる。
最後まで、持つかしら…。
「危ない!」
ケニーが叫んだ。
キャンッ!
岩石の破片が当たったらしい。
ああ、でも狼のところには行けない、今は。
彼女は今、頭上を守るので精一杯だった。しかし、幸い、崩れた量は少なかったらしく、落ちてくる岩石はの量はもう減ってきている。後少し持ち堪えれば。
「おい、平気か?!」
ケニーがかがみ込むや、狼が噛みついた。とっさに腕でかばう。
「ぐぅっ!」
「ケニー!」
ああ、早く!早くおさまって!ケニーの腕が食いちぎられてしまう!!
祈るように思いながら、シールドの向こうの岩石を睨み付ける。
……おさまった!
シールドを解いて、駆けつけ、
「ケニーッ!」
狼は食いついて放さない。キャシーは深呼吸を一つして、
「……狼さん、ケニーの腕を放して。お願い。あなたの傷の手当もしないと。足からこんなに血が出てるじゃないの。」
まったく反応しない。牙をケニーの腕に食い込ませたまま、ピクリとも動かない。
「子供もいるんじゃないの?その足じゃ、森で生き抜くのは大変なんじゃない?いくら仲間がいても。」
子供、で狼が少し反応した。キャシーは畳みかける。
「あなたが万が一死んでしまったら、お子さんは飢え死にするしかないわ。ケニーの腕を放して。手当させて。そのままじゃ、やりにくいから。ね?」
狼はキャシーを睨み付け、ゆっくりとケニーの腕を解放した。噛み傷からだらだらと血があふれ出している。その光景に、キャシーは真っ青になったが、あえて、ケニーの傷から目をそらした。狼の傷を先に手当しなくてはならない。
「さあ、足を出して。」
狼に柔らかな声で言った。狼は、警戒を完全に解きはしなかったが、言うことは素直にきいた。自分のワンピースの裾を裂き、狼の傷口を縛った。
「本当は、消毒もしたいけど。手元にないから。ごめんね。さあ、帰りなさい、仲間のところに。」
キャシーは手当した狼の足を地面にそっと下ろした。狼は、ケニーの方を見、そのまま静かに立ち去った。
「後回しでごめんなさい。………酷い傷だわ、早く手当しなきゃ。」
「いいよ、分かってる。」
狼の戦意を除かなくては、また、ケニーが攻撃される。それが分かっていたから、ケニーはキャシーを責めなかった。
「うん…。」
「それに、ホントに気になってたんだろ、狼の怪我。」
「うん…。」
二度とも沈んだ声で頷き、キャシーはもう一度スカートの裾に手を当てた。
「ああ、いいよ。俺のハンカチ使いな。」
「でも、長さが…。」
「それ以上短くなったら、目のやり場に困る。」
ケニーが苦笑した。
「……ばかっ。」
差し出されたハンカチをひったくり、細く裂いて、腕に巻き付ける。
ワンピースにしなきゃ良かった…、そしたらハンカチ持って来れたのにぃ。そしたら、布が足りなくてこんな会話をする羽目に陥らずに済んだのに…。泣きたい気持ちでいっぱいになりながら、キャシーは一人、反省会をした。
「終わった!テントに戻ろう!」
「ここから、どうやって?」
ケニーはキャシーの反応を面白がってる風だ。
「〜〜〜〜〜上から見てくる!ここ、動かないでよ!」
「はいはい。」
キャシーは薄紫の羽を出し、トンッと飛び立った。ケニーと崖、テントが見える位置…、かなりの高度。まずケニーの周辺。動物たちはいない。差し迫った危険はない。テントは…現時点から崖を回り込んで行けば、今朝顔を洗った川に出る。直線距離ならともかく、回ると疲れたこの身にはやや遠い。しかし、ケニーは足を怪我したわけではないし、自分にしても、昔から森の中を歩き回って、長距離は慣れっこだ。十分歩ける距離だろう。キャシーはそう判断すると、高度を下げて、ケニーのところに戻った。
「お待たせ。崖沿いに歩けば、今朝顔を洗った川に出るわ。テントまで、五、六キロかしら。今のところ周囲に敵はいないし、崖沿いでも平気よ。行きましょう。」
「分かった。行こう。」
ケニーは了解するとすぐに立ち上がり、キャシーと、テントに向かって歩き出した。
この頃、イルはカルラの報告を聞いている最中であった。崖崩れをおこした後、自分たちは巻き込まれないよう一旦退き、彼はイルを偵察に飛ばした。カルラは彼らが狼と共に生き延び、狼が去ったところまで見届けると、イルのところへ戻り、その一部始終を報告した。
「そうか、奴らは生き延びておるのか。」
報告を聞き終えたイルは、こう言って、すぐに次の手を考えた。
「鳥たちを集めろ。大型で、鋭く殺傷力の高いくちばしを持つものを。主に目や喉を狙うように言え。群衆で来られては、対抗するのも難しかろう。」
「分かりました。」
カルラは答え、すぐに指示を実行に移したが、この攻撃も、ケニーを殺すには至らなかった。キャシーが鳥たちを球状の通気性をなくしたシールドで包み、鳥たちを窒息、気絶させた。ケニーたちは今度も、無事逃げおおせたのである。
報告には、今度もカルラが行った。
「妖精を何とかしないことには、我らには勝ち目がないかと…。妖精は、何が何でも相方を守り抜くでしょう。人間も死にもの狂いで逃げ切るでしょう。頭の回転もかなり速いようです。」
「諦めるな。妖精のシールド能力には、限界があると聞く。妖精が限界を迎えさえすれば、こちらのもの。長期戦で行くのだ。こちらの被害も増えるだろうから、避けたかったが…。」
「イル様。ならば、こんなゲームはさっさとお止めになってください。我らも同じ死ぬのならば、人間を一人でもし死に追いやって死ぬ方が、ようございます。」
「…………。すまん。」
「イル様!」
この方は、何を考えておられるのだろう…。
「奴らのテントに、毒蛇をやってくれ。噛まれれば即死になる、猛毒のものを。」
「……承知いたしました。」
第3章-後編へ
ここは、どこだろう。足下は草地…。なんだか、頭がぼうっとして、はっきりしない。目の前には霧がかかっている。ザーザーと音がする。川?ああ、川の畔に立ってるのか。何で気づかなかったんだろう?
「ケニー、は?」
ふと気づけば、ずっとそばにあった気配が、今はない。見回してみても、姿は見えない。
「ケニー、どこにいるの?」
呼んでみるが、ここにいるよ、という声はしない。
「ケニー?」
ちょっと不安になる。
「ケニー、ケニー、どこにいるのよ、早く出てきてよ。」
誰も、現れてはくれない。
「ケニーったら!」
「おーい、キャシー、こっちだよ。」
「ケニー!」
やっと聞こえた彼の声の方へ走っていくと、ケニーは岸で顔を洗っているのが見えた。こっちは姿が見えないわ、呼んでも返事はないわで心配していたというのに、なんて呑気なやつ。なんだか無性に腹が立って、キャシーはつかつかと歩み寄っていきながら、ケニーに怒鳴った。
「もう、どこに行ったかと思ったじゃないの。急に消えた…………っ、ケニー!後ろ!!」
「え?うわああああああああっ!!」
キャシーが後ろの何かの動物の影に気づいたときは、もう遅かった。彼女が叫んだ瞬間、影が飛び出し、ケニーの背を突き飛ばした。
「ケニイィィーーーーーーーーーー!!!」
「わあっ」
「あ…夢だったの……。」
気が付くと、キャシーは毛布から上半身を起こし、涙を流していた。ケニーがキャシーの顔を心配そうに覗き込んでいる。
ケニー…………………。目の前に、居る………。
「キャシー、キャシー?」
ケニーが、キャシーの頬をぺちぺちと叩いてきた。
手が、温かい。あれは、夢。こっちが、現実…………。良かった、まだ、この人は、私のそばにいてくれる。
「どうしたんだ、キャシー。」
「なんでもないの。ちょっとね、夢見が悪くて。」
あれは、夢。ナーバスになってるから見てしまった夢。大丈夫。
言い聞かせたが、夢の内容は、話せなかった。夢は、話すことで、現実になるとも、ならないとも言われている。どちらが正しいのかなんて知らないが、とにかく、キャシーには言えなかった。口にして、思い出すことが恐ろしかった。考えたくなくて、キャシーはケニーの追求を適当にごまかし、洗面の道具を持って、川へ向かった。
近寄りたくなかったが、行くのを渋ることもできないので、夢のことを考えないよう努力しながら、手早く顔を洗い、テントに戻った。
「ケニー、次どうぞ。私、あなたが顔洗ってる間に、朝食の準備しとくから。」
「キャシー、一体どんな夢だったんだ?話せよ。人に言うほうが、溜めこんどくよりは、楽かも知れないぜ?」
「大丈夫よ。ホントになんでもないんだから。ほら、早くしないと、動物たちも待ちくたびれて、勝手に始められちゃうかもよ。」
「本当だな?」
「本当よ。ほらほら。」
「分かった。俺は、見ての通り、もう着替えてるから。少しゆっくりしてくるから、着替えとけよ。朝食が終わったら、言いに行こう。」
一つ溜息をつくと、いかにも仕方なさそうに、川へ歩いていった。そんな後ろ姿を彼らしい、と微笑しながら見送って、キャシーは、テントの中で急いで着替え、朝食の準備に取りかかった。と言っても、携帯できて、腐りにくい食料をと思って選んできたので、大したメニューではない。ケニーの分は、焼かないままのパンに、ジャムかバターを塗ったもの。卵が入っているので、キャシーは食べられない。彼女のメニューは、食パンの代わりに、缶詰の果物を取り出した。後は、紙コップと紙皿をリュックから出し、それらをランチョンマットの上に置いて、ケニーを待つだけ。
「キャシー、入るよ。」
「ええ、朝食、用意してあるわよ。ろくなもの持ってこなかったから、こんなのだけど。ごめんね。」
「気にしてないよ。準備は俺も一緒にしたんだし、知ってるさ。帰ったら、上手いもん作ってくれよ。」
「もちろん!」
「さあ、食べよう。勝手に戦闘開始にされたら困るからな。」
「そうね。早く食べて、言いに行かなくちゃ。」
二人は、手を合わせ、同時に「いただきます。」と言ってから、それぞれの皿の上のパンに手を伸ばした。ナイフで思い思いのものを塗り、口に運ぶ。それから二十分、黙々と食べ、無言のまま食器をまとめて、捨てるものはゴミ袋に入れ、ランチョンマットのパンくずを外で払い、すべてをひとまとめにすると、鞄にしまって立ち上がる。
「言いに行こうか。」
「そうしましょう。」
昨夜通った道をたどり、イルの住処へ着くと、奥に向かって話しかけた。
「お早うございます。起きましたよ。」
「了解した。」
低く声が帰ってきた。伝わったのを確認すると、二人はすぐに引き返し出した。どこにいても敵地に変わりはないが、敵が近くにいると分かっている所に、いつまでもいる必要もない。少しでも、離れておくべきだ。
「もう五分経ったのか?!」
後少しでテント、という位置で、走っていた二人のサイドから、狼が数頭、飛び出してきた。前方を、半円状に囲まれている。狼たちがじりじりと近づいて来る分、ケニーたちは後ろへ下がる。キャシーの身体の周りが、青紫の燐光を放ち始めている。
「キャシー、寄せ!力は温存しとくんだ!」
「だけど!」
「ああ、身を守るものを何も持って出てきてなかった。迂闊だったよ。リトルタウンは、平和な町だから…。」
平和ボケだね。心の中で苦々しく思った。
狼たちは歩を進めてくるのに合わせて、ケニーたちは後退する。キャシーは燐光をおさめようとしない。
「ケニー。」
「いい、まだ大丈夫だ。殺気は感じるが、こいつら、俺たちを追いやるばかりで、襲いかかってくる様子はない。どこかに連れて行くつもりなんだ。」
「でも、行ったら同じことだわ。」
「行かなくても窮地には変わりない。行くまいとすれば、きっと襲ってくる。だけど、今のままなら、そこに着くまでは平気に違いない。しばらく、このまま、追いやられていればいい。」
「分かったわ。」
納得して、キャシーは放っていた燐光を消した。横目に確認し、安堵すると、狼の群衆に意識を集中した。
まったく迂闊だった。妙に譲歩された条件。もしかして、本気ではないのか?と思ったのが甘かった。昨日の晩も、先ほども、殺気を感じなかったのだが、あれは、ゲーム開始ではなかったからなのだ。公平な立場にしようとして付けてくれた条件。紳士的な態度の裏にあったのは、言葉通りの意味。ゲームだから。
「ケニー、足下。木の根が…。」
「ああ、大丈夫だ、気づいてる。」
すさらせるように動かしていた足を、少し高めに上げて、木の根を避け、さらに後退していく。狼たちが飛びかかってくる様子は、やはりない。半円を閉じようとも、ケニーたちの距離を詰めようともしない。ケニーの読みは当たっているようだ。
「さあ、どこに連れていく気だ…?」
狼たちに話しかけるように、低く呟く。
後ろにあるのは、なんだ?
向かっているのは、イルの住処の方ではない。テントから、彼の住処までの道からは既に外れている。進む道は、やや上り坂。後ろ向きでは、少し歩きにくい。木の根や背後にあるかも知れない幹に注意しながら進み続けると、周囲を囲む木がまばらになり、そのうち、岩肌が目立つようになった。その足下は、そう何歩と進まない内に、岩だけに変わる。
狼たちの包囲は解けない。結構歩いたように思うが、まだらしい。
「どこまで行くのかしら。気が遠くなりそう…。」
彼女も、自分も、こういった状況になれているわけではない。正直言って、辛い。一体、目的地はどこなのだろう。
ぐるるるる…
目の前にいた狼が唸った。
「着いた…って。」
「ここは…。」
ザッ!カラカラカラ…。
背後に目をやれば、次に足を踏み出す地面はない。
「崖……!」
踏み出せば、落ちる。飛んで逃げようにも、キャシーでは俺の体重を支えきれないだろう。どうすればいい?
自問自答する間にも、狼たちとの距離は狭まるばかりだ。
「一旦、落ちるか…。」
「え?」
緊張した場面、キャシーが驚いて振り向いたのが引き金となった。
「………!よせ!!」
がるるるる…っ!
ケニーが足を踏み外したのと、狼が飛びかかるのは、同時だった。
「キャシー!地面にぶつかる寸前でシールドを張ってくれ!」
「分かった!!」
「すまん!」
言いながら、一緒に落ちた狼を空中で引き寄せ、肩に首が掛かるようにして、抱え込んだ。そのまま、共に、二十メートルほどの高さを落下した。
「…………ッ!」
背中に衝撃が走る。地面まで、残り、十五センチ。弾力のあるシールドでかなり緩和されたとはいえ、ただの人の身には、大きすぎる衝撃だった。受け止められて、十秒程で、シールドは解かれた。ゆっくりと解いてくれたので、やんわりとした着地だった。
「いててて…。」
体の上にのっかった狼をそっと放しながら、ケニーは起き上がった。固定していた首を放しても、襲っては来ない。落下の衝撃で、気を失ってしまったらしい。
一応、距離とっとかないとな…。
軋む体を引きずって、ケニーは移動した。キャシーが、羽をしまいつつ駆け寄ってくる。
「ケニー、怪我は?!」
「ないよ、平気だ。」
「良かった…。」
「だが、安堵してる暇もなさそうだ。」
崖の上に残った狼たちが遠吠えをしている。
「誰か、呼んでるみたい。」
「早くここを離れよう。多分、崖を崩す気だ。」
「崖の上、熊が集まってるわ…、どこにいたのかしら…。」
「そんなことを考えてる場合じゃない、逃げるんだ。」
ケニーは気絶してる狼に近寄った。危ないと分かっているのに、放って行くわけにもいかない。
「ケニー、気付いたみたいよ!」
狼の耳がピクッと動き、目が開いた。ケニーの姿を認めると、すぐさま立ち上がり、襲いかかろうとしたが、キャシーがそれを止めた。
「待って、ここは危ないの。上を見て。多分この後、崖が崩れるわ。あなたも逃げないと。」
狼はちらと崖上を見やったが、動かなかった。飛びかかる隙を狙い、二人の周囲をぐるぐると回り出した。
「ここに引き留める気か…?一緒に死ぬぞ!」
どうしよう。
キャシーも、ケニーも焦った。上の熊の数は増えてきている。もう少しだ。落ちる前、見た景色の中には、一つ二つ、大きめの石があった。恐らく、始めはあれをこちらめがけて落として来るだろう。岩が脆ければ、それで崖は大なり小なり崩れる。
…そうして動けない内に、攻撃が始まってしまった。
「岩が落ちてくる!崖も崩れるわ!」
予想は当たった。
「仲間もいるのに…!」
キャシーは力を使う体制に入った。岩がぶつかる寸前、彼らの頭上にシールドが張られた。
「くっ……!」
岩が、一つ、二つ、と落ちてきた。重量がある分、負荷が大きい。キャシーの指先が白っぽくなる。
最後まで、持つかしら…。
「危ない!」
ケニーが叫んだ。
キャンッ!
岩石の破片が当たったらしい。
ああ、でも狼のところには行けない、今は。
彼女は今、頭上を守るので精一杯だった。しかし、幸い、崩れた量は少なかったらしく、落ちてくる岩石はの量はもう減ってきている。後少し持ち堪えれば。
「おい、平気か?!」
ケニーがかがみ込むや、狼が噛みついた。とっさに腕でかばう。
「ぐぅっ!」
「ケニー!」
ああ、早く!早くおさまって!ケニーの腕が食いちぎられてしまう!!
祈るように思いながら、シールドの向こうの岩石を睨み付ける。
……おさまった!
シールドを解いて、駆けつけ、
「ケニーッ!」
狼は食いついて放さない。キャシーは深呼吸を一つして、
「……狼さん、ケニーの腕を放して。お願い。あなたの傷の手当もしないと。足からこんなに血が出てるじゃないの。」
まったく反応しない。牙をケニーの腕に食い込ませたまま、ピクリとも動かない。
「子供もいるんじゃないの?その足じゃ、森で生き抜くのは大変なんじゃない?いくら仲間がいても。」
子供、で狼が少し反応した。キャシーは畳みかける。
「あなたが万が一死んでしまったら、お子さんは飢え死にするしかないわ。ケニーの腕を放して。手当させて。そのままじゃ、やりにくいから。ね?」
狼はキャシーを睨み付け、ゆっくりとケニーの腕を解放した。噛み傷からだらだらと血があふれ出している。その光景に、キャシーは真っ青になったが、あえて、ケニーの傷から目をそらした。狼の傷を先に手当しなくてはならない。
「さあ、足を出して。」
狼に柔らかな声で言った。狼は、警戒を完全に解きはしなかったが、言うことは素直にきいた。自分のワンピースの裾を裂き、狼の傷口を縛った。
「本当は、消毒もしたいけど。手元にないから。ごめんね。さあ、帰りなさい、仲間のところに。」
キャシーは手当した狼の足を地面にそっと下ろした。狼は、ケニーの方を見、そのまま静かに立ち去った。
「後回しでごめんなさい。………酷い傷だわ、早く手当しなきゃ。」
「いいよ、分かってる。」
狼の戦意を除かなくては、また、ケニーが攻撃される。それが分かっていたから、ケニーはキャシーを責めなかった。
「うん…。」
「それに、ホントに気になってたんだろ、狼の怪我。」
「うん…。」
二度とも沈んだ声で頷き、キャシーはもう一度スカートの裾に手を当てた。
「ああ、いいよ。俺のハンカチ使いな。」
「でも、長さが…。」
「それ以上短くなったら、目のやり場に困る。」
ケニーが苦笑した。
「……ばかっ。」
差し出されたハンカチをひったくり、細く裂いて、腕に巻き付ける。
ワンピースにしなきゃ良かった…、そしたらハンカチ持って来れたのにぃ。そしたら、布が足りなくてこんな会話をする羽目に陥らずに済んだのに…。泣きたい気持ちでいっぱいになりながら、キャシーは一人、反省会をした。
「終わった!テントに戻ろう!」
「ここから、どうやって?」
ケニーはキャシーの反応を面白がってる風だ。
「〜〜〜〜〜上から見てくる!ここ、動かないでよ!」
「はいはい。」
キャシーは薄紫の羽を出し、トンッと飛び立った。ケニーと崖、テントが見える位置…、かなりの高度。まずケニーの周辺。動物たちはいない。差し迫った危険はない。テントは…現時点から崖を回り込んで行けば、今朝顔を洗った川に出る。直線距離ならともかく、回ると疲れたこの身にはやや遠い。しかし、ケニーは足を怪我したわけではないし、自分にしても、昔から森の中を歩き回って、長距離は慣れっこだ。十分歩ける距離だろう。キャシーはそう判断すると、高度を下げて、ケニーのところに戻った。
「お待たせ。崖沿いに歩けば、今朝顔を洗った川に出るわ。テントまで、五、六キロかしら。今のところ周囲に敵はいないし、崖沿いでも平気よ。行きましょう。」
「分かった。行こう。」
ケニーは了解するとすぐに立ち上がり、キャシーと、テントに向かって歩き出した。
この頃、イルはカルラの報告を聞いている最中であった。崖崩れをおこした後、自分たちは巻き込まれないよう一旦退き、彼はイルを偵察に飛ばした。カルラは彼らが狼と共に生き延び、狼が去ったところまで見届けると、イルのところへ戻り、その一部始終を報告した。
「そうか、奴らは生き延びておるのか。」
報告を聞き終えたイルは、こう言って、すぐに次の手を考えた。
「鳥たちを集めろ。大型で、鋭く殺傷力の高いくちばしを持つものを。主に目や喉を狙うように言え。群衆で来られては、対抗するのも難しかろう。」
「分かりました。」
カルラは答え、すぐに指示を実行に移したが、この攻撃も、ケニーを殺すには至らなかった。キャシーが鳥たちを球状の通気性をなくしたシールドで包み、鳥たちを窒息、気絶させた。ケニーたちは今度も、無事逃げおおせたのである。
報告には、今度もカルラが行った。
「妖精を何とかしないことには、我らには勝ち目がないかと…。妖精は、何が何でも相方を守り抜くでしょう。人間も死にもの狂いで逃げ切るでしょう。頭の回転もかなり速いようです。」
「諦めるな。妖精のシールド能力には、限界があると聞く。妖精が限界を迎えさえすれば、こちらのもの。長期戦で行くのだ。こちらの被害も増えるだろうから、避けたかったが…。」
「イル様。ならば、こんなゲームはさっさとお止めになってください。我らも同じ死ぬのならば、人間を一人でもし死に追いやって死ぬ方が、ようございます。」
「…………。すまん。」
「イル様!」
この方は、何を考えておられるのだろう…。
「奴らのテントに、毒蛇をやってくれ。噛まれれば即死になる、猛毒のものを。」
「……承知いたしました。」
第3章-後編へ









